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私のチュン 連載

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★私のチュン(連載24)追加 2008/09/27
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  連載1
寿命について
  連載2
砂浴び
  連載3
チュンの体温測定
  連載4
スズメの挨拶
  連載5
換羽 のこと
  連載6
チュン乱心
  連載7
私の手を、何と思っているのか
  連載8
蘇った私のチュン!
  連載9
チュンと再会
  連載10
危機一髪
  連載11
チュンの体重測定
  連載12
チュンの好きな食べもの (1)
  連載13
チュンの好きな食べもの (2)
  連載14
チュンの好きな食べもの (3)
  連載15
チュンの好きな食べもの (4)
  連載16
チュンの好きな食べもの (5)
  連載17
チュンは猫舌
  連載18
チュンの衣替え
  連載19
チュンの感情表現
  連載20
チュンの感情表現 《怒り・抗議》
  連載21
チュンの感情表現 《不安・恐怖》
  連載22
再生したチュンの羽衣 (うい)
  連載23
老化は仕方がない (1)
  連載24
老化は仕方がない (2)
     





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 はじめに
 私はスズメを飼っている。 本来、野鳥を飼うことは法律で禁止されているらしいが、傷ついて飛べなくなっているのを見かねて、娘が家に連れて帰ってきた。 96年5月のことだ。 だから現在、満10歳になる。 (2006/06/12現在)

 名前はチュンだ。 きっと同姓同名の仲間も多いと思う。 チュンチュンと鳴くからと思われるかもしれないが、そうではない。 雀語というものがあって、それに基づいてつけたものだ。 言葉でチュンと書いても、感情表現等で、発音が微妙にことなる。

 犬や猫に幸太郎とか、色々名前をつけている人もいるが、日本のことをジャパンと言ったり、ベネチアのことをベニスと言ったりするのと同じで、当地の言葉を無視して、自分らの都合の良い表現をしているだけで、本来、馬鹿にしたものだろう。

 私のチュンは、介護の甲斐あって、一命は取り留めたが飛べない。 野に放す分けにはいかない。 これを罰するとでもいうのなら、法律の方がおかしいだろう。

Chun
私のチュン 満5歳のとき
2001年11月3日 自宅にて Photo by Kohyuh
夏には、頭が禿げていたのに、寒くなって、また再生してきた。


 ★寿命について
動物園の人にスズメの寿命について聞いたことがある。 野生では、寿命は一年ほどださうだ。 猫に獲られたり、事故や何やからで、野生として暮らしていくとなると、危険がいっぱいという。 一方、飼育環境下では、五年程度かな、と言われた。


 寿命について
金田氏(日本鳥類保護連盟)は、これを
 生態的寿命 : 自然環境下での寿命
 生理的寿命 : 環境が良い場合の寿命
 といって、区別しているとのこと。



 動物園で聞いたとき、私のチュンは五歳だったから、そろそろかなと心配していた。 それからもう五年たった。 右翼が機能せず飛べないが、高さ一メートル程の籠の三段ある止まり木の一番上がお気に入りの場所で、そこから一気に一番したの止まり木まで、飛び降りることも出来た。 出入り口はいつも開けているし、手乗りではあるのに、少し柄が違う服を着ると怖がって逃げたりする。

 どのような絵柄が気に入らないのか確かめようと、いろいろ試してみたが、茶色系統は問題が少ないようだ。 仲間の色に似ているからだろう。 嫌いな方は、特定が出来なかったが、縞模様は苦手なようだ。 とにかく、私の着る服については、チュンに見立ててもらうのが一番だ。 抜群のセンスと言っていいだろう。

 非常に目がよくて、何か怖がっているなと思うと、部屋の片隅に、普段は、そこには置いていないもの、例えば、花瓶などを見つけたりする。 また、床のフローリングも苦手で、そこは歩けない。 しかし、新聞紙を広げている上は歩ける、というから不思議だ。 きっと怪我をしたときの、何か トラウマ が残っているからだろう。

 ★介護レベルは、要支援?
 スズメは集団生活を営む動物だから、独りで居ることに耐えられないらしく、いつまでたっても赤ん坊のように、人の姿が見えなくなると泣き叫ぶ。 翼をブンブン回して、付いて行きたいと、ボディーランゲージで訴える。

 例え、外国人でも誰でも、見れば、チュンの言っていることが理解できるだろう。 通訳はいらない。 およそ、喜怒哀楽は、人間と変わらない。 ついて来るのならどこにでも連れて行く。 しかし、一方で非常に怖がりで、隣の部屋にさえ行けないでいるから、扱いが大変だ。

 ところが今では、頭は禿げ、片目が白内障で視力がなくなり、肌着に相当する羽毛も無残に抜け落ちて、翼を広げると素肌が見えるようになって痛々しい。 三段の止まり木では間隔が広すぎて危なかろうと、中間にも設けて、六段にしたが、さすがに最上段は使わなくなったので、取り外した。 それを、止まり木としてではなく、階段として使えるように配置した。 それでも人間ほどの介護は不要だから、エライものだ。

 片目で見るから遠近感がつかめないのか、止まり木から降りるときは、地べたに、まさに落ちているから、危なっかしくて見ていられない。 朝は手を差し入れると自分から乗ってくる。 痛い目は、やはりしたくないのだろう。

 視力が衰えたことが、逆に、恐怖心を少なくしていることもある。 今までと違って、腕時計をしていようが、嫌いな色の服を着ようが、隣の部屋に連れて行こうが、銀のスプーン(銀色のスプーン?)でヨーグルトを与えようが、一向に構わない。 ところが困ったこともある。 どこに行くにも追いすがって、台所でもどこでも歩いてついて来くるようになったことだ。 昔は、鳥篭のある部屋から、怖くてか、出ようとしなかった。 足元にまとわりつくし、危なくてしようがない。 踏み潰しでもしたらと考えることすら恐ろしい。

 ★水浴び
 人間の年齢に換算したら、かなりのものと思うが、定期的に水浴びする。 真冬でもだ。 水浴びの前には、羽根の手入れをする。 右の翼、左の翼、右腹、左腹、右背中、左背中、お尻、最後が尾羽だ。 嘴で順番に、すごい速さで、しごいていく。 そして仕上げに尾羽をバサバサと音を立てて、振り払う。

 これを数回繰り返えしてから、水浴びの行動へと移る。 人間のように、いきなり浴槽に飛び込むような無作法は、決してしない。 また、水浴びの水が少しでも汚れていると中止する。 水を入れ替えてやると、すぐ気がついて再び開始する。 偉いものだ。

 冬の水浴びがどれほど勇気がいるものか、試してみたらよい。 一般に鳥類は、人間より体温が高い。 心肺能力・筋力を高めるために、たんぱく質が破壊される限界近くまで、体温を上げていると、前述の金田氏から聞いたことがある。

 実際にチュンを抱いていると手が熱くなるほどで、40度は超えているだろう。 だから水の体感温度は、人間以上に冷たく感じることだろう。 いつか、スズメの体温を実際に測定してみようと考えている。

 スズメとて水浴びはとても勇気のいることだ。 それは、行動から窺い知れる。 水に飛び込むまでに、ぐるぐると十回以上は風呂の周りを回る。 どうしようか躊躇しているのだろう。 途中でやめることもある。 それでもまた、勇気を出して再び動き出す。

 野生の本能がそうさせるのだと思う。 いよいよ決心がつくと、風呂の縁に飛び乗り、嘴で水の温度を確かめる。 これも一度で済むというものではない。 あくまで慎重だ。 それはそうだろう。 失敗は命取りになるからだ。 しかし、一度決心しすると、もう躊躇しない。 ここのところも、普通の人間とは違う。 一度決心したことなのに、ぐだぐだしたこと、身に覚えのある方も多いだろう。

 水に飛び込むと、ばしゃばしゃと両翼で水をかき回して、全身ずぶぬれになるまで水浴びをする。 あまり寒くて、途中で飛び出すこともある。 それでも足りないと思ったら、また飛び込むこともある。

 水浴びは、それほど勇気がいることなのに、生涯欠かさないようだ。 それを毎日といっていいほどする。 数回入ることもある。 水浴びの後は、私の処に跳んでくる。 ティッシュでくるみ、懐や毛布で暖めてくれるのを知っているからだ。

 はじめは、ブルブル震えている。 しばらくすると、手の中で眠る時と同じように、カーッと身体が熱くなってくる。 普段は嫌がるが、嘴を触わられようが反抗はしない、とにかく全力を尽くした後の疲労感というか、安堵感というのか、その状態で体力の回復を待っている。 分かる気がする。

 身奇麗にするということは、野生として生きていく上で、それほどまでに大切なことなのだ。 犬でも猫でも、野生動物は美しい。 もし、小汚い格好のものがいたら、余命幾ばくもないものと考えてもいいだろう。 ここで、小汚いといったが、イボイノシシのような、見かけの話ではない。 彼らは、泥まみれかも知れないが、それが彼らの清潔を保つための技術で、寄生虫などが集るのを防ぐための、理にかなったものだからだ。

 人間も見習わなければならない。 という私は、風呂に入れ入れと、三回は云われないと入らない。 スズメからみれば、生きている値打ちがないというものだろう。 水風呂なんてとんでもない。





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